抜戸岳南尾根
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抜戸の南尾根は派手な登攀対象が多くある槍・穂高から少しはずれ地味な存在ではあるが,中間部に岩壁帯を持つ長大な尾根は冬山の総合力を試される好ルートである。以下は,私が岐阜登高会に所属していたころ,会の若手3人で取り組んだ記録である。関岡さんが会報「榾火(ほたび)」に書いた記録を載せさせていただいた。
ルート図

1986年12月28日〜1987年1月2日
メンバーC.L関岡 守 S.L春日住夫 ポーター石際 淳

抜戸岳南尾根は,私が3年前から目につけていたルートであった。技術,経験,メンバー等の問題があったが,今年はやると思い,冬山合宿の標的にする。

12月27日(土)晴
岐阜駅より普通列車にて,高山に向かうが,なにせ鈍行なので時間があり,車内は宴会場になってしまった。
高山よりバスにて新穂高温泉に向かう。途中道路の雪は、平湯のあたりにしかなかった。
新穂高温泉バスターミナルの側でテントを張る。

岐阜駅11:06 高山15:30 発16:15 新穂高温泉16:00

12月28日(日)小雪
夜のうちに降ったらしく,あたり一面銀世界。積雪20cm。左俣林道をふくらはぎまでのラッセルで70分ほど行くと新しい橋があり,右岸に渡り,穴毛資材運搬道を行き,南尾根末端の左手でヤブ沢を登る。この登りがヤブ漕ぎと,新雪のラッセルとの二重奏でてこずる。
コル2までこのような状態が続き,P2あたりから藪も少なくなり,コル3にてテントを張る。

新穂高温泉8:00 南尾根取付10:00 P2 13:30 コル3 14:30

12月29日(月)雪
P4への登りが部分的にクラストしており,いやらしい登りだ。
P4からは膝から腰までのラッセルで一人が空荷で先導して,疲れたら替わり,荷を取りに戻り,後に付く方法で前進するが,きついアルバイトである。なかなか進めず,P5でテントを張る。偵察の時は1日でここまで来た。予定ではP7プラトーまで行くのだったのに,2日目にて狂う。

コル3 6:30 P5 15:30

P5穴毛槍へ雪崩れそうな斜面をラッセルしていく
P5へのラッセル

12月30日(火)雪
P5から,やせ尾根となりキノコ雪のいやらしい所4ピッチ,アンザイレンして通過する。
P8に13時に着くが,これよりスノーリッジから岩壁になりテントを張る場所もないので,今日はこれまでとする。
時間もあることだしP8からP9は左−岩小舎,右−穴毛谷のすごいスノーリッジなので,ザイル2本90m,コル9までフィックスする。
ガスが時々切れ,南壁がうっすら見え,毎日ラッセルで滅入っていた気持ちがかき消え,壁を見ていると微笑んでくる。
ガスコンロの為,ラッセルで濡れた衣服が乾かず,シュラフが水分を吸い取ってくれる。おかげで濡れたシュラフに入るのがつらい。

P5 8:00 P7プラトー12:00 P8 13:00

P5からのキノコ雪のリッジを行く
キノコ雪のリッジ

穴毛槍から見る抜戸南壁
抜戸南壁

12月31日(水)雪
フィックスを張っておいたおかげでコルに早く着く。ここから抜戸岳南尾根の核心部。コルから左上に残置フィックスロープを辿りながら,松を登って右にトラバースぎみに登り,岩壁の取付に着く。
人工まじりの凹角を登り,チムニーに入りそこを抜け左側のテラスでピッチをきる。荷を持って登れそうにないので,荷上げすることにする。
凹角だが,落ちてくる雪が集まってくるので,上が見にくくハーケン,ホールドを探すのに苦労する。また,クラックに氷が詰まっており,ピッケルで落とし一歩一歩しか登れない。
チムニーに入るときが一番難しくアブミに乗ってホールドを探すが,雪,氷で見えず,藁をも掴む思いで氷にピッケルを打ち込み支点にして登る(探す間に手が張ってきて,落ちると思った。)。
テラスの松でビレイしてセカンドを迎え,2人にて荷上げをする。3人目がテラスに着いたとき時計を見たが,なんと1ピッチ3時間もかかってしまった。(トップが1時間30分もかかる。)

核心部。中央の凹角にルートを取る。
核心部

後は右のカンテを1ピッチ登り,ルンゼに入って登るのだが,ルンゼがまた悪い。雪が締まっておらず這松を頼りにラッセルをしながら木登りで抜ける。(雪が締まっていたら,ダブルアックスで快適な登りができたはず。)ルンゼを2ピッチで登って,南壁の頭に着く。傾斜がおち,膝までのラッセルを1時間したのちテントを張る。

P8 8:00 南壁のコル8:20 岩壁取付9:30 1ピッチ終了12:00 南壁の頭15:30 南壁の頭の一部16:30

人工ピッチからチムニーに入るところ。
関岡さんのリード

1月1日(木)風雪
テントが半分雪で埋まっていた。(1時ころ雪掻きを行ったのに)風雪の中,テントを回収。バリバリと大きくなりテント袋に入らないのでしかたなくビニール袋に入れ,ザックに無理矢理押し込む。
風雪とガスとでホワイトアウトになり,視界が悪い。這松があちらこちらに出ているので,それを目標に歩く。杓子平を過ぎてから這松もなくなり,尾根の端を目で確認して歩くが,人間の目の錯覚で戸惑うこと3回,立ち止っては確認して前進する。

南尾根上部を進む。バックは穂高岳。
南尾根上部

稜線に出てから雪が止み,ガスも切れてきて穂高等が見えてくる。

抜戸岳登頂12時30分
頂上直下の雪壁

風は強いがウソみたいに晴れ,ジャンダルムがよく見える。寒いので長居はできない。(強風で体感温度はかなり低い。)強風の中を笠ヶ岳へと向かう。表面だけがウインドクラストしており,足をとられ歩きづらい。途中飛ばされそうな風が吹き,耐風姿勢で堪えること数回。やっとの思いで笠ヶ岳山荘に着く。
風を防ぐ所なく,テントをやめ,小屋の一角にできた吹き溜まりに雪洞を掘る。テントよりも広くでき,快適だったが,凍ったシュラフに入るのは気持ちの良いものではなかった。

南壁の頭8:00 杓子平9:00 抜戸岳12:30 笠ヶ岳山荘14:30

雪洞入口から夕日に映える槍穂高を望む。手前の白い尾根が南尾根。右下方に南壁が少し見える。
夕日に映える槍穂高

1月2日(金)曇り
天候悪くなくトレースもあり,今日1日で下山できそうだ。凍ったシュラーフのために睡眠不足となり,笠ヶ岳への登りが辛かった。笠ヶ岳頂上では私たちが登った南尾根がよく見え,「よくもまあー」と思うほど長い尾根であった。
クリヤの頭より錫杖岳側の2番目の尾根を下る。赤布もある。クリヤ谷の岩小屋まで来たら,後はよく知った道。錫杖岳前衛フェースを眺め,槍見温泉に下り,冬山登山は無事終わった。
今回の冬山は,冬山らしいものであった。抜戸岳へ登頂するのに5日間かかり,そのうち4日間は1日中ラッセル地獄,丸1日かかった岩登り,今までにない充実しきった山行でした。

笠ヶ岳山荘7:00 槍見温泉12:10
 

石際追記
元旦には帰ると身重の妻を実家に残してきたのであったが,やはり冬山,予定どおりには行かず,1日遅れの下山後高山でのんびりすることもなく,実家へ急いだ。1月28日長男誕生