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―― 床屋 ――

私の頭は中学時代から基本的に丸坊主である。

中学入学のとき,それまで強制的に坊主刈りであった中学校の校則を見直すことになり,
次年度入学生である小学6年生に意見を聴くことになった。
私は昔からへそ曲がりの上に,保守的な考えを持っていたので,
クラスのほとんどが頭髪の自由化を希望していたのに,坊主頭継続に賛成した。
40人余りのクラスの中で坊主継続派は数人だけであった。

と言っても,小学校から坊主頭だったわけではない。
いわゆる坊ちゃん刈りで,どちらかと言うと半ズボンにタイツ,
蝶ネクタイが似合うかわいいぼくちゃんタイプであった。
結果的に頭髪は自由化されたが,反対した手前もあり,中学に入学してからは,坊主刈りにした。
部活も体育系だったので,洗ってもすぐ乾くこのスタイルは都合がよかった。
ある種の通過儀礼の意味もあったと思う。

中学3年のとき岐阜へ転校し現在の家に住むようになった。
その町内に1軒の床屋があった。
人によると思うが,私は床屋と世間話をするのが嫌いだ。
よくしゃべる床屋には,そんな暇があったら,真剣に仕事をしろといいたい。
その床屋はその点完璧であった。
というのは,主人は耳が不自由だったからである。

その主人の仕事はきっちりパターンが決っており,丸刈りでもすべてはさみで刈る。
ひげそりも剃り残しのないよう2回剃り,洗髪した後の仕上げにまたはさみを入れる入念さ。
行くと必ず2時間はかかるのであった。
その間,何も考えず,たまに居眠りなどして身を任せているのは贅沢な時間である。

学生時代は岐阜を離れていたので,別の床屋へ行った。
当時は年に1回か2回しか床屋に行かず,行くときは必ず坊主刈り。
後は1年ほどほったらかしで,もともと癖毛の私の頭は大きな鳥の巣のようになるのであった。
たまに行くときは断髪式の気分…。

岐阜に就職し元の家に戻り,久しぶりにその床屋に行って,変わらない完璧な手順にほっとした。
最近は白板で子供の話など筆談するようになったが,仕事中は相変わらず静かな時間が過ぎていく。

ただ,唯一緊張する一瞬がある。
それは最初に剃刀を当てられるときで,いつも耳の後ろと決っている。
そのとき,首筋が硬くなるのが自分でも分かるほど,肩に力が入ってしまうのである。
志賀直哉の「剃刀」という短編を読んだことのある方には,
この緊張が本能的な恐怖からくるものであることを分かっていただけると思う。

主人にも私の緊張が伝わっているはずで,この主人の不幸な経歴を考えると,
そういう反応を示すのは申し訳ないような気もするのだが,
毎回,思わずびくっとなってしまうのである。

 

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