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中央アルプス東川本谷遡行
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1987年8月8日
石際(単独)

今回はパートナーが見つからず,単独ということもあって「日本登山大系」の中ア東川流域の解説を頼りに”初心者”でも入れると書いてある本谷をつめて空木岳に登り,宝剣岳へ縦走して伊奈川を下降する計画を立てる。

出発前に岐阜登高会の堀省三氏から本谷のつめはルンゼ状でかなり悪そうだという話を聞いたが,遡行図では15m滝から上流には滝の記号がなく,解説にも15m滝を巻いてからのことは何も書いてなかった。少しおかしいと思いながらも,そのまま入山した。

今にも泣き出しそうな天候を気にしながら中八丁を越え,2時間半のいいペースで北沢の橋に着く。山の上はガスがかかり,重苦しい雰囲気である。地下足袋に履き替え,北沢を少し下って本谷に入る。広い河原の石の上を跳ぶように走って先を急ぐ。30分ほどで最初の滝場にかかる。滝がハングしていて登れそうにないので,右岸を高巻く。踏跡があった。ナメ滝があり,のどかな河原歩きが続く。

途中所々にきれいなナメ床が現れ,それぞれ岩肌の色が異なって面白い。しかし,その景色をゆっくり楽しむ余裕もなく,天気を気にしながら先を急ぐ。

右に中山沢を分け,30分も歩くと遡行図では本谷最後の滝15mがしぶきを上げながら落ちている。これも左手のガレのルンゼから大きく巻いて,10mの懸垂下降で滝の上に出る。少し行くと二俣になり,左は滝を連続させて木曽殿越へ突き上げている。右が空木岳に突き上げている本流で,迷わず右俣に入る。

沢がかなり傾斜を増してくる。両岸が壁になってルンゼ状になる。ガレが多くなり荒沢の感じだ。上部はガスで見えず,ますます重苦しいい気分になる。沢の水が濁りだし上部は雨かと思いながら少し行くと,左手の沢から大きな雪渓が張り出していて,この雪融け水で濁っているのだと分かった。ハングした雪渓の末端の下を急いで抜けると,30mはあろうかと思われる大滝が黒々と立ちはだかった。

これで持ってきた遡行図は15m滝より上流についてはあてにならないことがはっきりした。たぶん木曽殿越の方へ抜けた人が記録したものだろう。

この30m滝は幸いしっかりした花崗岩でホールドも多い。滝の右寄りを快適なシャワークライムで抜けた。しかし,滝の落口にはボロボロになった残置シュリンゲとカラビナがあり不安が募る。傾斜がますます増し,油断ができなくなってくる。

枝沢がいくつか入ってくるが,左手は皆雪渓になっている。右はガレ沢で登れそうにないので,忠実に本流をつめる。10m滝を越すと30m滝に出会う。傾斜はないが,ナメ状でホールドが脆く手がつけられない。登ったり降りたりしながら考えこむ。

少し下のガレのルンゼから滝上に出られそうなランペが右手にあったので右の側壁を慎重に登る。ランペに出てみると外傾して岩屑の乗った気持ちの悪い所であった。足元が切れ落ち,ガスがかかって,底の見えない井戸を覗き込んでいるようだ。とうぜん臆病になる。一歩進むのにも迷ってしまう。滝上に出る手前で最も幅の狭くなった場所へ入るときは自分でも”かなりヤバイな”と思う。

ここを抜けるとルンゼは三俣になり,三方に駄目押しの滝をかけている。上部にはガスがかかり,滝は天まで伸びているようにも見える。見渡すと,右手のルンゼをつめればブッシュ帯に入れそうだ。積み重なったガレをだましながら登り,右手のスラブを3mほどトラバースして,ブッシュの小尾根に出る。ここもやせ尾根で,ダケカンバも頼りない。まだ12時だったが降り出した雨の中をビバークポイントを探しながら慎重に登る。大きな岩をいくつも落としながら登る(どうでもいいことだが,この記録は岳人485号に掲載され,編集者の校正で「落としてしまった」に変えられて掲載された。えらく意味が違う。)。

ちょっとした岩場を抜けるとやがてハイマツ帯になりホッとする。20分ほどハイマツこぎすると空木岳の南方の肩付近に出て13時25分頂上に着く。早々に駒峰ヒュッテ(避難小屋)に逃げ込む。

山に入る前に充分に資料収集をしておくことは大切だが,逆に今回はトポのない未知の沢を遡行する面白さや怖さを味わえた。避難小屋でのんびりした後,翌日は予定を変更して南へ縦走し越百山経由で下山した。その夜は町内の盆踊りへ子供達と行った。

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