甲斐駒赤石沢Aフランケ毒蜘蛛ルート
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1991年8月10日〜13日 石際,鈴木晴人 雲表倶楽部の藤原雅一らによって開拓されてから8年ほど経過していたこのルートは,ボルトが増えており,5ピッチ目のみネイリングとナッツの人工の技術がいるだけで,あとは人工のつなぎのフリーが少し難しいだけであったが,ルートはうまい所にとられており,すっきりしていて,登っていて楽しかった。 ビバークの最小限の装備を持って行ったが,もっと荷を減らせば,スピードアックも可能と思う。 8月10日 6:30のバスで出発。7:30北沢峠。ねむたい。ゆっくり歩いて,まずまずのペースで甲斐駒に着く。天気予報では今夜から雨になるというし,足もフラフラするので,頂上で2時間ほど昼寝する。8合目の岩小屋に入ると頭がガンガンして2度吐いてしまった。バファリンを飲んだら治った。早く効きます。夕食はすき焼き丼(リッチー!)。明日は雨の予定?なので沈殿だ。雲表の人がいた。 北沢峠7:30 駒津峰9:30 甲斐駒11:00〜13:00 黒戸尾根八合目14:00 8月11日 朝起きてみると晴れている。鈴木君が行こうと言うので,予定の毒蜘蛛に行くことにする。Aフランケ取付きまで1時間。八丈沢のトラバースは相変わらずいやらしい。赤い変形A字ハングの右が取付きだ。 鈴木君はアブミを買ったばかりなので,僕が1ピッチ目をリードすることにする。少しのフリーのあと前傾気味の壁をボルトラダーで登る。横にはグサグサのクラックがあり,掘って穴をあけてフレンズを突っ込めるが,もしボルトがなければ恐ろしい。最後5mほどのフリーが登りにくい。2ピッチ目,べたべたのハング下をフレンズでトラバース。その上のフリーもいやらしい。3ピッチ目,すごいピナクルを”だっこちゃん”のように登り,ボルトラダーからバンドを右へトラバースして大テラスへ。ここで大休止。ビバークできそうな所で,でかいポリタンがほかってある。 次,微妙なスラブ(5.10ありそう)から草付。僕はフォローで鈴木君の垂らしてくれたシュリンゲで助かった。この上のエイドはフレンズに乗らなければならず,フリーも微妙である。5ピッチ目,このルートで唯一ネイリングしなければならないピッチ。出だしのクラックがザレているので,フレンズに乗るのが怖かったが,少し登るとアングルやロックスがビシビシきまる。あと少しでボルト2本のビレイポイントというところでクラックがグサグサになり,ピトンスカーもでかいボンボンなみになりハーケンもフレンズもきまらず,冬期に打ったと思われるイボイノシシにタイオフして最上段に乗らなければならなかった(乗るとグラグラしていた)。ここは完全なアブミビレイ。足が痺れてしまった。 あと3ピッチは易しいボルトラダーを只管登り,上部大テラスへ。ここでも大休止。次は僕のリードで脆いチムニーとクラックをひーひー言って登り,鈴木君が悪い草付を登って終了。8時間かかった。8合目に戻ると,新人を連れて鋸岳を縦走してきた北村パーティーが来ていた。 八合目発7:00 毒蜘蛛取付8:30 終了16:30 八合目17:00 8月12日 稲川君を入れて右ルンゼに行くが,2ピッチ目からルートが判らなくなり,草付から中央稜へにげた。稲川君と僕は草付がはがれ墜落してしまった。中央稜はだらだら長くえらかった。 八合目6:00 奥壁右ルンゼ取付7:30 中央稜終了12:30 八合目 8月13日 摩利支天から下降して中央壁を登ろうとしたが,取付きヘ下れず戻る。摩利支天西稜を下降し途中で南西稜にトラバース,西稜フランケの左端から登り返し肩の白ザレを経由し摩利支天に戻った。北沢峠で佐藤君が上げてくれたカレーとビールで大満足。 八合目6:00 奥壁基部バンド経由摩利支天7:15 摩利支天へ戻る12:00 北沢峠15:00 8月14日 朝一で千丈へ登ってくる。戸台へバスで降り,戸台川でテンカラを振るがヒットせず。ずっと晴天の続いた夏合宿も終わった。 北沢峠3:30 千丈岳5:30〜6:30 北沢峠8:30 | |
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1ピッチ目。変形A字ハング上を登る。 |
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だっこちゃんピナクルから人工。まだプレートアブミだぞ。 |
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参考・・・毒蜘蛛ルート必要ギア(1991年当時の状況で) ロックス1セット,シンストッパーか3ミリシュリンゲ数本(リベット用),フレンズ1セット,フレキシブルフレンズ0〜1番,ロストアロー3本,アングル中3本,大1本(5ピッチ目用),ボルトキット,カラビナ50枚 |
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13日行動概略図 |
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