――錫杖岳前衛フェース中央壁冬期登攀――

1987,2,2122

石際 淳,東田良治 

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昭和60年,岐阜県選手として鳥取国体山岳競技に出場し,成績は総合13位と振るわなかったが,全国から来る選手と接し,登山に対する視野も広まった。愛知県は当時から強い選手を出してきていた(鳥取ではたぶん総合2位であったと思う)。隣県ということもあり,愛知県選手の東田さん(三菱自工山岳部)とは自然に話をするようになった。東田さんは体力抜群であり岩から氷雪までオールラウンドにこなす非常に人柄のいい人物で,そのころ自分の山岳会(岐阜登高会)でパートナーを得られなかった私は,彼を誘って山へ行くようになった。鹿島の北壁,阿弥陀の北西稜など思い出深い山行が多い。彼は登攀のほうが好みのようであったが,山スキー,沢にもよくつきあってくれた。

この記録は東田さんと冬の錫杖岳前衛フェース中央壁を登攀した時のものである。この時私は冬の錫杖の登攀は3回目であった。1回目は12月に左方カンテ,2・3間リッジを登った。その時は雪が少なく冬期登攀としてはひっかかるものがあった。2回目ははずみで単独登攀してしまった3月の3ルンゼである。よって,冬の前衛フェースに本格的に取り組んだのはこれが最初であった。

 中央壁は雪が多いと雪壁となる部分が多く,岩の出てくるパートはそれなりに悪いのであるが,絶望的な難しさはない。ビバークサイトも多いので,比較的取付きやすいルートである。アプローチは冬期の場合クリヤの岩小屋の裏から樹林帯をラッセルして前衛フェース基部に着く。錫杖沢のほうは雪が締まらないうちは歩きにくいことこの上ない。また,大雪の後にはでかい雪崩がでるらしい。1日目は順調にザイルを伸ばし横断バンドでツエルトを張りビバーク。2日目は氷雪壁となった1ルンゼ上部へ抜け,烏帽子岩基部の悪い雪壁はザイルを出しトラバースし,西肩から裏の沢へ下降した。1回懸垂が必要であった。

 クリヤ谷を下る途中(徒渉点の少し上流)でちょっとした氷のゲレンデを発見したので,少し遊んで帰った。

 

1日目 

槍見6:40  取付9:00  横断バンド1630

2日目 

横断バンド630 前衛フェース頭830 烏帽子岩西肩1000 クリヤ谷の氷1200

 

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